鶴ケ城
         鶴ケ城は、1384年に葦名直盛が築いた東黒川館(やかた)が、のちに黒川城となり、
         1592年に蒲生氏郷が城主となり、7層の天守閣を造り、鶴ケ城と改めた。1611年に
         大地震に見舞われ、城が傾いたため現在と同じ5層の天守閣が再建された。
         1868年の戊辰戦争で、西軍に包囲されるが、1ヶ月にわたり篭城戦となった。
         1874年(明治7年)に明治政府に取り壊されるが、若松城跡として国の重要文化財になる。
         1965年(昭和40年)天守閣が91年ぶりに復元された。        拡大する

天守閣への入口

城の前の広場    壁紙にする

桜が大木になっていた

鉄(くろがね)門

鉄門を通って見上げたお城     壁紙にする
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北出丸の方から見上げた天守閣     拡大する

2011年3月に赤瓦に吹き替えられました。