鳩ヶ谷市の紹介  鳩ヶ谷はなつかしさが残る市です

私の住んでいる鳩ヶ谷市の紹介です。  
  
    文化財マップ:鳩ヶ谷市教育委員会発行   平成13年3月12日鳩ヶ谷市長より転載許可済
荒川を挟んで東京都と埼玉県川口市に分かれます。
鳩ヶ谷市は周りを川口市に囲まれ日本で2番目に面積の小さい市です。ちなみに一番小さいのは隣接する蕨市です。戸田市草加市を含め県南5市といいます。このうち鳩ヶ谷市と川口市、蕨市の3市合併の協議会が発足し、協議が進められましたが、平成16年8月 合併協議会で決定された名称が、市民公募での有効応募総数28,411件の内、52パーセント、14,778件と圧倒的多数を占めた「川口市」ではなく、わずか2パーセントの579件しか応募のなかった「武南市」となったことで、川口市が合併協議会から離脱しました。事実上合併協議会は廃止の状態になりました。  鳩ヶ谷市が平成16年度に行った市民アンケートでは、66.6%の市民は川口市との合併を希望していました。合併の形は編入とどちらでもよいを合わせると83.4%いました。


  ピンク色が鳩ヶ谷市です
 
鳩ヶ谷市は南北約3.8キロメートル、東西2.8キロメートルで面積は6.22平方キロメートル。人口5万2千人。戦前は川口市の一部でしたが、宿場町で栄えた鳩ヶ谷町が昭和25年11月1日に川口市から分離。人口が増えて昭和42年3月1日市制施行。
鳩ヶ谷市の地形

4と言う数字の「L」の部分が芝川で、「I」 の部分が国道122号線が南北に走っている地形です。東京都足立区に隣接し、周りは川口市に囲まれた市です。
凛と澄んだ日には遠くに池袋のサンシャイン60ビルや新宿の高層ビル群が見られます。
鳩ヶ谷市役所は平成7年春に新しく竣工されました。



芝川

鳩ヶ谷市役所  1995年完成

芝川

都心の高層ビル群

鳩ヶ谷市役所

右は川口市にあるエルザタワー55  その向こうに小さく都心のビル群がみえます。

懐かしさの残る鳩ヶ谷

鳩ヶ谷市は、江戸時代に日光御成道の宿場町として栄えました。その名残が昭和橋の近くの民家や本町のバス停前、交番の前などの民家に見られます。どっしりとした建て物は、新興住宅地がふえる昨今、貴重な存在です。
 また、辻のバス停近くにはまだ水田や畑が残っています。

昭和橋近くの旧家

本町バス停前

辻の水田

辻にはまだ水田も2枚だけ残っています。
  
交番近くの旧家 丸いポストは現役です。

交番近くの旧家

コンクールで入賞した公園


日光御成道を描いた公園は、昔、公園のコンクールで入賞しました。
時の鐘があります。かわいい小さい公園です。

この公園より向かい側の昔風の洋風館の方が趣があります。
洋風の館では気になる館がもうひとつあります。あさひ銀行の隣の10数年誰も住んでいない館は旧塩の専売所だったようです。昔はハイカラな建物だったでしょう。今は建売住宅になっていました。 
 
旧船津医院
    → 
誰も住んでない館(旧塩の専売所)→住宅に変身しました

念願の駅ができて                    
陸の孤島と言われ、主要な交通手段はバスでしたが
南北線を延長し、鳩ヶ谷にも駅が2つできました。   鳩ヶ谷駅
鳩ヶ谷駅は我が家から歩10分のところです。

日本一高い地下鉄といわれながら、平成13年3月28日に開通。朝夕、座席指定のグリーン車の気分でゆったり通勤できたのは当初だけ。3年後は山手線並の混雑です。
朝の通勤時は鳩ヶ谷駅からはもう座れません

浦和美園の埼玉スタジアムや都心方面では、駒込、後楽園、永田町、目黒,武蔵小杉に抜ける地下鉄です。


2001年3月28日 埼玉高速鉄道開通   鳩ヶ谷駅東口(122号線が走っている)


鳩ヶ谷駅西口 


 埼玉県下随一と言われる鳩ヶ谷歩道橋
開通は平成15年12月18日(木) 
縦約30メートル、横約90メートル!4箇所にエレベータがあり、歩行者と自転車は
エレベータで橋上に上がって移動します。
国道122号から鳩ヶ谷駅・武南警察署の方に向けて撮影。
階段は自転車を押して上がれるように真ん中にスロープあり階段は浅い。
芝川歩道橋


芝川歩道橋が2003年1月30日、SKIPシティ街(2003年2月1日にオープン)を前に
開通しました

上青木地区と対岸の鳩ヶ谷市をつなぐ橋には、「ポンジョリ−」の愛称がつき、
欄干には子ども達の絵が飾ってあります。床はコンクリート版です。


橋の上から   中央あたりの肌色の建物がスキップシティ
  川口市と鳩ヶ谷市の境を流れる芝川の上にできた橋。



SKIPシティ街  丸いのはプラネタリウム(川口市にあります)

 
SKIPシティ街   NHKアーカイブス(川口市にあります)
お花見(桜)情報  (鳩ヶ谷市周辺)

 鳩ヶ谷市の三ツ和公園も有名ですが、新しくできた永堀川公園も桜並木が天神橋の通りから鳩ヶ谷スカイハイツまでの約1キロの並木です。川が暗渠になり川の上は遊歩道になりました。公園もできました。
 見沼代用水路の遊歩道で西友の近くはきれいです。
遊歩道

 鳩ヶ谷市の外では、見沼代用水路で川口グリーンセンター脇の1キロの桜並木は圧巻です。また、文化放送の周辺も有名です。安行の植物振興センター脇の山になっている公園もきれいです。ここは山頂に花壇があり桜も椿も藤も見られます。
 三ツ和公園・・・南鳩ヶ谷駅歩10分 東京電力変電所の東へ100メートル。
 永堀川公園・・・鳩ヶ谷駅歩15分  芝川と平行している。
 見沼代用水路・・・鳩ヶ谷駅歩10分 鳩ヶ谷郵便局本局の北側200メートル。




 見沼代用水路



三ツ和公園


鳩ヶ谷市のいいところ

 ★市の面積が日本で第2位。1位は蕨市の5.1Ku。2位はわが鳩ヶ谷市の6.2Ku。3位は狛江市の6.4Ku。4位は上福岡市の6.8Kuである。
 日本で2番目に面積の小さい市であることから、市内を把握しやすい。
 ★新しい本を早く読むことが出来る。本が新しい。利用をする人が少ないということもあるが、予約待ちで長々と何カ月も待たされることはない。最近は、インターネットで蔵書検索も予約も出来る。借りている本の確認も出来る。
 ★なつかしい雰囲気と新しい息吹を感じさせる街である。赤い丸いポストや宿場町の面影を残す家並みも残る所もあれば、駅前は高層のマンションやビルが建築中である。少し離れたところでは宅地開発が進み、おしゃれな家並みの建売住宅が立ち並ぶ。太い道路も出来、県下一長い歩道橋も平成15年12月に武南警察署前に完成した。

市町村合併:新川口市が誕生 鳩ケ谷市編入、61年ぶり再統合 政令市目指す /埼玉

毎日新聞 10月12日(水)11時56分配信より

 ◇人口58万人
 鳩ケ谷市が11日、川口市に編入合併され、新しい川口市が誕生した。
両自治体は1950年に一度分離しており、61年ぶりの再統合。合併により、県内の市町村数は1減って63(39市23町1村)になった。新川口市は人口約57万8900人で、今後、政令指定都市を目指す。【鴇沢哲雄】
 旧鳩ケ谷市役所の玄関前で行われた支所開所式には、職員など200人が参加。岡村幸四郎川口市長らがテープカットし、支所としての業務がスタートした。
 窓口では、同市里の主婦、井上真美さん(34)が、岡村市長から第1号の住民票を受け取った。井上さんは「子育て支援策などでいい点は継続してほしい。(合併で)街がどう変わっていくか楽しみ」と話した。
 岡村市長は支所勤務になる15人に辞令を交付した後、木下達則前鳩ケ谷市長から事務引き継ぎを受けた。岡村市長は「責任の重さを感じる。一体感を生み出しながら、合併してよかったと思える行政をすすめたい」と決意を語った。
 自宅が川口市で、経営する鋳物工場が旧鳩ケ谷市にある辻井健郎さん(62)は「生活圏の近さや将来の財政状況など考えると合併は自然。互いの利点を生かし、うまくやっていければ」と話した。
 新川口市の総面積は61・97平方キロ(うち旧鳩ケ谷市分は6・22平方キロ)で県内で18位。人口約57万8900人(同6万1700人)は、さいたま市に次ぐ規模となる。
 旧鳩ケ谷市の制度は川口市の制度に統一されるため、旧鳩ケ谷市民にとって、下水道料金などは安くなるが、介護保険料などは上がる。鳩ケ谷市議14人(定数15)は失職し、11月6日に川口市議の増員選挙(定数5)が実施される。
 全国の市の面積は、蕨(5・10平方キロ)が最小で、鳩ケ谷は2番目に小さかった。合併により、東京都狛江市(6・39平方キロ)が2番目に狭い市に繰り上がる。
 ◇3市合併破談の後、生活圏一体化後押し
 川口と鳩ケ谷は1940年に軍需産業の拠点づくりという国策で合併した。しかし、50年に鳩ケ谷に分離機運が高まり、住民投票などを経て合併を解消した。
 再び合併が動き出したのは、蕨を含めた3市の合併協議会が設立された2002年。自治体の広域化で行財政基盤を強化し、地方分権の推進などをめざした「平成の大合併」構想を受けた動きだった。
 合併論議は進んだものの、04年に法定合併協議会で「武南」が新市名に決まった直後、3市合併は頓挫した。人口比で圧倒的だった川口が反発し、協議会を離脱したためだ。
 その後、鳩ケ谷の住民調査で8割が川口との合併に賛成するなどしたため、06年に「合併実現」を公約に掲げた木下達則市長が当選すると、再び両市の合併機運が高まった。
 川口は鋳物で栄えた職人の街、一方で日光御成道の宿場町だった鳩ケ谷とは文化的な背景は異なる。ただ、鳩ケ谷にとっては市境の9割を川口に囲まれるという地理的な条件に加え、埼玉高速鉄道開業(01年)などから住民同士に生活文化圏の一体化の傾向が強まったことが、今回の合併に結びついた。
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 ◆新「川口市」までの経緯◆
1940年 4月 川口市が鳩ケ谷町などを合併
  50年11月 川口市から分離し鳩ケ谷町に
  67年 3月 鳩ケ谷町が県内26番目の市に
2002年12月 川口、鳩ケ谷、蕨3市の合併協議会設立
  04年 9月 3市の合併協議会が解散
  06年10月 鳩ケ谷市長選で木下達則氏が当選
  09年 1月 鳩ケ谷市が川口市に合併協議を申し入れ
  11年 1月 両市が合併調印式
  11年10月 両市が合併

2011年10月12日朝刊



鳩ヶ谷市役所は川口市役所鳩ヶ谷庁舎になりました

2011年10月11日 朝には新しい表示に変わっていました。


よく利用する近くの公民館は下のように名称が変わりました。

公民館の中にある図書室は鳩ヶ谷市立西分室は川口市立中央図書館里文庫になりました

鳩ヶ谷市立中央図書館は川口市立鳩ヶ谷図書館になりました。

鳩ヶ谷市立中央公民館は川口市立鳩ヶ谷公民館になりました。
        
鳩ヶ谷市は約9割は川口市に隣接し、残りの1割は東京都足立区に隣接していました。
鳩ヶ谷市は川口市の中央にあり、川口市の9分の一ぐらいの面積でした。


鳩ヶ谷駅から我が家の方向